治療 |
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高気圧酸素治療とは |
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100%酸素を圧力の高い部屋(高気圧治療装置)で吸う治療を「高気圧酸素治療または再圧治療」といいます。高気圧酸素治療は、酸素をたくさん身体内に送り込むことによって、酸素不足またはダメージを受けている組織を回復させる治療です。
学会や厚生労働省の基準では、2絶対気圧(大気圧の2倍、水深10mの圧力)で1時間以上100%酸素を呼吸することを高気圧酸素治療と定めています。
私たちの身体では、赤血球中(動脈中)のヘモグロビンの95%以上が酸素と結びついています。ヘモグロビンと結びついている酸素を「結合型酸素」といいます。たとえば、病院などで100%の酸素を吸うと、ヘモグロビンがほぼ100%、酸素と結び付きます。さらに、高気圧酸素治療では、高気圧下で酸素を吸うため、圧力に応じて身体内に酸素が溶け込みます。血清(赤血球や白血球が浮いている血液の水分)に溶け込むわけです。これを「溶解型酸素」といいます。高気圧酸素治療では、特にこの「溶解型酸素」が威力を発揮します。治療圧力を高くすれば高くするほど、この「溶解型酸素」は増加しますが、過剰に入りすぎると副作用を現すことがあるため、病気や病状に合わせて圧力(治療表)を選択します。
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減圧症に対する高気圧酸素治療(再圧治療) |
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高気圧酸素治療には窒素気泡を再溶解させる作用と、身体から窒素を排泄させる作用(脱窒素作用)、虚血部への酸素供給作用があります。レジャーダイバーの減圧症では中枢神経系に気泡ができていることがほとんどなので比較的治療時間の長いアメリカ海軍治療表Table 6(図1) を使用することが望ましいと考えます(Table 6は空気で加圧するタイプの治療装置でなければ施行できない)。高気圧酸素治療を受けるまでに時間を要するときは応急的に酸素吸入を行います。脱窒素を目的とするため、酸素は15リットル/分以上の大流量が効果的です。重症かつ急性期には循環改善を目的として点滴補液も行います。グルコース(デキストロース)は浮腫を悪化させるため使用しないほうがよいでしょう。心肺停止状態にある者は、身体内気泡を取り除かなければ循環が回復しないため、高気圧酸素治療装置内で蘇生を行う必要があります(処置者が入ることのできる2種装置でなければ無理)。中枢神経障害の程度が軽度であっても、放置すると自覚症状が長引くことが多いため高気圧酸素治療を適応します。
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高気圧酸素の治療効果 |
【1】 身体内のガスの容積を小さくします |
身体内の気泡を小さくします。腸の動きが悪くなり(腸閉塞など)、お腹がガスでパンパンになったような方では、圧力によって腸内のガス容積が小さくなり、伸展した血管(循環の悪くなった血管)も元の状態に戻るため、腸の動きがよくなります。 |
【2】 身体内の窒素を排泄させる効果があります |
圧力をかけることによって気泡が溶け、ゆっくり減圧することで再度気泡を作らせないということができます。酸素がたくさん肺に入ることによって、血液中の余分な窒素が肺から排泄されやすくなります。 |
【3】 組織の酸素不足・欠乏を補います |
高濃度の酸素が血液(酸素)の足りない部位に到達して組織を元気にします。血流が悪くなったために起こる潰瘍(動脈硬化性のものなど)や糖尿病による壊疽に対しても効果を現します。 |
【4】 怪我の修復を早めます |
怪我などによって組織がダメージを受けている場合は、酸素を供給することで修復が早まります。減圧症では小さな気泡が神経や血管を傷つけているため、身体から気泡が取り除かれたあとも、組織の修復を早める作用を現します。また、アイシング(冷却)様効果もあるといわれています。血管が収縮するためにむくみが軽くなります。そのため、最近では急性期のスポーツ外傷治療に使用されています。 |
【5】 血液がサラサラになります |
血栓を溶かす作用のある酵素が血管内皮から放出されます。減圧症や脳血栓に効果をもたらす理由のひとつとされています。 |
【6】 滅菌作用があります |
酸素の滅菌作用を応用することで、慢性的に続いている感染や炎症を和らげることができます。 |
【7】 悪性腫瘍に対して行われる放射線治療の効果を高めます |
高気圧酸素治療直後に放射線治療を行うことで、その効果を上げることができます。 |
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● 高気圧酸素治療の副作用 |
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主に気圧外傷と酸素中毒があります。
気圧外傷は、ダイビング中に起こる耳のスクイーズやリバースブロックと同じものです。酸素中毒は、テクニカルダイビングやナイトロクッスダイビング(エンリッチドエアーダイビング)などで問題になるものと同じです。
酸素中毒には脳の症状(急性酸素中毒)と肺の症状(慢性酸素中毒)があります。急性酸素中毒の症状は、酸素を吸入している最中の、めまい、視野狭窄、まぶたや唇のぴくつき、吐き気、頭痛などです。高気圧酸素吸入中に発生した急性酸素中毒は、酸素マスクを外せば、通常5〜10分経たないうちに症状が消失します。症状が消失すれば、再びマスクを着用して治療を続行します。慢性酸素中毒の症状は呼吸器症状です。息切れ、胸の圧迫感、胸痛などを生じます。たとえば、Table6の場合、2日連続しても慢性酸素中毒はほとんど起きませんが、3日間連続すると約30%の方に何らかの症状が出現し、4日間連続して行うと約80%の方に副作用が生じます。
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治療表(治療テーブル)について |
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減圧症でもっとも使用される頻度が高い治療表は、米国海軍のTable 6です。Table 6の治療は、最高気圧2.8絶対気圧(0.28MPa)で、治療時間は約5時間です(PDF)。米国海軍のプロトコールでは、2.8絶対気圧に滞在し、症状が消失するか否かで治療表を選択することとしていますが、実際の臨床現場では、数名の患者様を同時に治療することもあるため、治療表の選択は、通常、加圧前に決定します。多くの減圧症に対してTable 6は有効ですが、中枢神経症状(知覚障害、運動障害、自律神経障害)、内耳症状、呼吸器症状がないケースの場合、すなわち四肢の運動器のみに気泡ができ症状が出現しているケース(いわゆるI型減圧症)または皮膚症状のみの減圧症についてはTable 5(約2時間半)を採用しても充分な効果が得られます。ただ、減圧症の神経症状は、脊髄分節に合致しないスポット的な知覚障害や、ある筋肉だけに限局した筋力低下など、非常に見逃されやすい神経障害を伴うため、問診や簡単な神経チェックだけからI型減圧症と診断するのは危険です。また、膀胱直腸障害などの重症な神経障害がある症例や、高気圧酸素治療中に症状が改善しにくい場合は、Table 6における「2.8絶対気圧下の20分酸素吸入5分空気呼吸」を1クールまたは2クール追加をすることもあり、さらに1.9絶対気圧に減圧した後に、重症な症状が残存しているときは、「1.9絶対気圧下における60分酸素吸入15分空気呼吸」についても1クール追加することがあります。ただし、酸素吸入時間が長ければ長いほど、または吸入時の圧力が高ければ高いほど、急性酸素中毒(脳症状)の副作用は起こりやすくなるので注意が必要です。また、Table 6は連日使用すると慢性酸素中毒(肺症状)の発生率は高くなります。重篤な場合を除いて、1日または2日おきに治療することが安全です。連日行う場合には少なくとも2回までとし、3日以上連日で治療したい場合は、治療時間の短い治療表を間に挿入するほうが安全です。なお、潜水した深度や時間については治療表には反映されません。
一方、動脈ガス塞栓症が強く疑われる場合は、まず「6.0絶対気圧下に30分間(空気呼吸)保圧」した後に減圧して、そのままTable 6に移行するという治療表(Table 6A)(PDF)が有用です。
たとえば、減圧症に対して通常の高気圧酸素治療(2.0絶対気圧、約1時間の治療)が効果を発揮しないわけではありませんが、重症な中枢神経症状を伴うダイバーでは充分な回復を期待できません。医療施設の経済状況からすればTable 6の治療は採算の合わない(赤字)治療であり、また、高気圧酸素治療装置は、日常、他の疾患のために稼動させていることが多く、減圧症のためだけに長時間割くことが困難な状況もあります。高気圧酸素治療を希望されるときは、前もって医療施設に問い合わせたうえで受診されることをお勧めします。
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Table 6:治療時間|Table 6A:治療表
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高気圧酸素治療の効果を下げる因子 |
■ 発症後、速やかに高気圧酸素治療を受けなかった ※1
■ 発症後にダイビングをした
■ 発症後に航空機搭乗した
■ 発症後に高所移動した
■ 発症後に激しい運動をした
■ 男性よりも女性のほうが症状が取れにくい傾向があります
■ 若いダイバーより年齢の高いダイバーのほうが症状が取れにくい傾向があります。
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減圧症に欠かせない酸素
※1スポーツ外傷に対して効果がある理由
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減圧症発症後、高気圧酸素治療を受けるまでの応急手当 |
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高気圧酸素治療を受けるまでに時間を要するときは酸素吸入を行います。脱窒素を目的とするため、酸素は15リットル/分以上の大流量が効果的です。
水分を多めに摂取することも大切です。
応急手当て |
(+)が付いたほうが適切と考えられる要因(減圧症悪化にブレーキとして作用)。
数値はあくまで目安。 |
飲水 |
発症後、速やかに400ml以上の水分を摂取していれば(+) |
酸素吸入 |
発症後、医療用酸素を吸入していれば(+) |
投薬 |
発症後、アスピリンなどの血流改善剤を使用していれば(+) |
安静 |
発症後、日常以上の労作をしたら(+) |
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減圧症発症後、受診まで控えること |
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■ ダイビング
■ 高所移動
■ 航空機搭乗
■ 激しい運動
■ 疲労
■ 脱水
■ 症状のある部位を過度に動かす
■ 暑いお風呂またはサウナに長い時間入る
■ マッサージをする
■ アルコール(お酒)を飲む
■ 喫煙
■ 高気圧エアーチェンバーなどの民間の空気加圧施術を受ける
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高気圧酸素治療以外の治療 |
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急性期の重症減圧症には循環改善を目的として点滴補液を行います。グルコース(デキストロース)は浮腫を悪化させるため使用しないほうがよいとされています。心肺停止状態にある者は、身体内気泡を取り除かなければ循環が回復しないため、高気圧酸素治療装置内で蘇生を行う必要があります(処置者が入ることのできる第2種装置でなければ無理)。中枢神経障害の程度が軽度であっても、放置すると自覚症状を長期訴えることがあるため高気圧酸素治療を適応します。
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減圧症治療中&治療後の注意点 |
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治療に関して
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● 高気圧酸素治療中に症状が悪化したように感じることがあります。 |
高気圧酸素治療中に症状が悪くなったように感じたときは、身体が反応している証拠(効果)のことがほとんどですが、まれに悪化のこともあります。高気圧酸素治療中・治療後に症状が変化したら、次回の診察時に医師に申告しましょう。 |
● 高気圧酸素治療終了後72時間以内の航空機搭乗は絶対に避けましょう。 |
できれば、通院が終わった後、2〜3週間は低圧環境に曝されないようにしたほうがよいと思います。早期に低圧環境に曝らされると、症状がぶり返す可能性があります。2〜3週以降であっても、航空機に搭乗された後に症状が悪化したといわれる方も少なくありません。ただ、悪化したように思われる症状の多くは、そのまま経過をみていると、その後1〜2週間のうちには徐々に落ち着きます。 |
● 酸素中毒(高気圧酸素治療の副作用)に注意しましょう。 |
高気圧酸素治療中・治療後に、息切れを感じたり、胸に圧迫感を生じたときは、次回の診察時に医師に申告しましょう。 |
● 激しい運動を控えましょう。 |
飲酒、マッサージ、長い時間の入浴・サウナなどによって症状の悪化を訴える方がいらっしゃいます。血行がよくなる行為によって症状が出やすくなる傾向があります。たとえば、運動をした次の日に症状が悪化するようであれば、前日の運動量が多すぎたのかもしれません。知覚神経障害は、比較的安静にしているほうが早く改善します。腕をよく使う方では腕の症状が、下肢を使う方では下肢の症状が取れにくい傾向があります。 |
● 運動障害が軽く、知覚障害がひどい減圧症の方は、受傷早期の運動機能回復を
目的としたリハビリテーションを避けましょう。 |
ただし、重症の運動障害がある方では、脳梗塞と同様、早期のリハビリテーションが有用です。 |
● 高気圧酸素治療が効果を現すのは最初の治療開始日から3〜4週くらいまでです。 |
それ以降は、治療効果がないだけでなく、副作用の心配もあるため行われません。 |
● 高気圧酸素治療を受けても、後遺症が残る可能性が少なからずあります。 |
減圧症の症状は、脊髄や脳の神経がダメージを受けたために生じていることが多いため、治療が遅れれば遅れるほど後遺症を残す可能性が高くなります。たとえば、脳梗塞を想定してもらうとわかりやすいかと思います。脳梗塞も同じ中枢神経障害であり、多くの方が何らかの後遺症を残します。減圧症についても、後遺症が残った場合は内服治療を行います。 |
● 喫煙をやめましょう。 |
喫煙は、組織を低酸素状態にしてしまいます。高気圧酸素治療に逆行する行為といえます。 |
● 睡眠を充分とりましょう。 |
身体を休めたほうが知覚障害は早く改善させます。 |
● 食事については、特に禁止される食べ物はありません。 |
納豆や玉ねぎなど、血液をサラサラにするといわれている食べ物がよく、血中脂質を上昇させるようなこってりとした食べ物はあまりよくないかもしれません。 |
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